カルト宗教脱出レポ

第1章

俺が初めてその男に会ったのは、入学式の翌日だった。場所は大学の正門前である。

 

その日は学部のオリエンテーションとかで課業は午前中ですべて終了し、学生たちは三々五々帰路についていた。入学してまだ二日目なので、多くの学生は一人でどこかよそよそしい表情で黙々と歩いている。俺も一人、高校時代からの愛用の自転車にまたがって、正門前の交差点で信号待ちをしていたのである。

 

「ちょっと、いいですか?」

 

唐突に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこに立っていたのがあの男だったのである。

 

年の頃は二十歳過ぎ、むろん学生だろう。身長はかなり高いが、その割には肉がついていない。スリムと言うよりガリガリといった感じの体の上に、ボサボサ頭がのっかっている。容貌は……何と表現したらいいのだろう。とにかくひと言では形容しがたい顔立ちなのだ。しいて言うならば……そう、歌手の南こうせつと俳優の三ツ木清隆を足して二で割ったような顔を適度に崩してしまえば、多少は類似した造作になるのではなかろうか。

 

それはともかく、俺が振り返るやいなや、その男は「しめた」とばかりにメガネの奥の凹んだ瞳を輝かせ、奇妙な質問を浴びせてきた。

 

「あなたは神を信じますか?」

 

はぁ? 神ですか。神…様の何を信じるというのかよくわからないけど、神様とかご先祖様を敬うようとは子供の頃から教えられてきましたよ。父親の実家は神社だし、母親の実家でもご先祖様の月命日には必ず坊さん呼んでお経をあげていましたから。

 

当時はまだまだ世間ずれしていなかった俺は、実に素直に、情けないほど何気なく

 

「はい」

 

と答えてしまったのである。

 

はたして男は喜色満面となった。瞳が期待に輝き、顔の筋肉が弛緩した。嬉しそうに何度も何度もうなずきながら、手にした青いバインダーの中から一枚の紙片を取り出して、俺の目の前に広げた。

 

「実はですね、より深く神の世界を実感したいという若者のために、このような有益なビデオをお見せするところがあるんです。この近くですから、さっそく行きましょう。今すぐ行きましょう」

 

と、俺の手を取らんばかりにして勧める。

 

なんだかまずいことになってきた。何の気なしに「はい」と口を滑らせてしまったが、わざわざビデオを見に行ってまで、神の世界を実感しようという気などさらさらない。

 

男に関わるのが面倒になってきた俺は

 

「ちょっと今日は用事が……」

 

と逃げを打った。

 

だが、そんな見えすいた口実が通用するような甘い相手ではなかった。男はみるみるうちに百戦錬磨のスカウトマンの表情になり、風俗店の呼び込みもかくやと思われるような押しの一手でたたみかけてきた。

 

「今日がダメなら明日でもいいんですよ。いや明後日でも。さあ、いつにしましょうか?」

 

結局、俺はその翌日にビデオ鑑賞することを強引に約束させられてしまったのである。

 

男から解放されての帰路、俺の胸は得体の知れない不安に塞がれていたが、それは次第に怒りに変わっていった。

 

なんで俺が、知りたくもない神の世界とやらを知るために、見たくもないビデオをむりやり見せられなければならないのか。そもそも、あの男は一体どういうわけで、数多くの学生の中から俺なんかに白羽の矢を立てやがったのか。カモにふさわしいオーラを放っていたとでもいうのか。考えれば考えるほど、腹立たしく情けなくなってきた。

 

床に入っても男の顔が目の前にちらついて、なかなか寝つけない。とにかく明日。してしまった約束は果たすとして、妙なことには深入りしないように、できれば明日限りであの男とは絶縁してしまおう。俺はそう思った。

 

さて、翌日。待ち合わせの場所であの男と落ち合った俺は、神の世界の実感するためのビデオを見せるという場所に連れて行かれた。そこは、大学通りから路地を少し入った所にある、一見何の変哲もない木造アパートであった。

 

ここで俺は、もう一人の奇妙な人物にひき会わされたのである。

 

それは四十前後と見える中年女であった。どこにでもいそうで案外いないような、正常なようでどこか尋常でない雰囲気を漂わせた、早い話がとにかく妙な女なのである。

 

その女と例の男は、俺を玄関脇の小部屋に招き入れた。ここで互いに自己紹介となり、男の名前が明らかになった。『倉辰徳』というのである。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、俺の嫌いなジャイアンツの四番打者と一字違いなのだ。

 

中年女の名も聞いたはずなのだが、どうしても思い出せない。仕方ないから、以後これを「おばん」と呼ぶことにする。

 

自己紹介が終わると、おばんと倉は代わるがわる「ビデオを見る会」の目的やシステムについて長ったらしい講釈を始めた。それによると、この会は、神を我々の「親」として認識し、その慈愛を求めると同時に、神が創造した世界の真理を追求していくためのものであるという。そうすれば、いつの日か現れる救世主によって、我々は煩悩から救われるというのだ。

 

何だかキリスト教と仏教をごちゃ混ぜにしたような教義だが、俺には全くありがたいとは思えなかった。わが国には古来から「神は敬うべし、頼むべからず」とか「人事を尽くして天命を待つ」といった格言がある。つまり、どんな場面であれ、人として最善の努力を尽くすべきであって、安易に神に泣きつくのは邪道なのだ。ましては救世主が現れて救ってくれるなどとは、言語道断である。

 

そんな俺の心中も知らず、おばんは長々としゃべり続けたあげく、

 

「このビデオシリーズには、八回と十四回と二十回の三コースがあるんです。どのコースを選ばれますか?」

 

などと言い出した。俺が神の世界を実感したいという意気込みに燃えているものと信じきっているらしい。横からは倉が、まじろぎもせずに俺の顔を凝視して返事を待っている。

 

おいおい。俺は今日だけでおさらばするつもりなんですよ。俺は言ってやった。

 

「いえ、やっぱ結構です。それほど興味ないですから」

 

おばんのこめかみがピクッと引きつった。倉がさも驚いたという風に目を見張り、大きく息を吸い込んだ。気まずい沈黙が降りた。

 

「あのね」

 

しばらくして、おばんがゆっくりと首を振りながら口を開いた。

 

「これはあなたにとって非常に大切なことなんですよ。四年間の大学生活を意義あるものにできるかどうかは、このビデオ講座にかかっていると言っても過言じゃありません。それほど素晴らしい内容が盛り込まれているんです」

 

横から倉も口を添えた。

 

「まったくそのとおりだと思いますよ。この会に入ったおかげで、僕は本当に充実した四年間を過ごすことができました」

 

再びおばん。

 

「二十回とは言いません。せめて十四回、いえ、八回でもあなたの人生観は大きく変わると思いますよ。あなたのために、ぜひともお勧めしたいんです」

 

結局、矢継ぎ早にくり出される甘言に篭絡されて、その場で「ビデオ講座八回コース」の申込書を提出したのだから、よほど俺もどうかしていたに違いない。途中から催眠術にかけられていたような気さえする。

 

ともかくこういう経緯で、それから二、三日おきにそのアパートへ通う日々が始まった。

 

アパートには、おばんや倉の他にも大勢の人間が出入りしていた。それらはほとんど学生である。男もいれば女もいたし、四年生や三年生もいれば二年生や新入生もいた。ちなみに、倉は工学部の四年生ということだった。工学部キャンパスはここから二十キロほど離れた別の町にあるのに、こんなアパートに四六時中入り浸って、いったい何をしているのか。

 

そんなアパートの連中から、あのおばんは「ねえさん」と呼ばれていた。「姉」か「姐」か、どちらの漢字が当てはまるのかはよくわからないが、そんなことはどうでもいい。俺に言わせれば、どうひいき目に見ても「ねえさん」ではなく「おばん」に違いないのである。

 

アパートの一階には、中央の廊下を挟んで大広間の反対側に、四畳半の和室が四つ並んでおり、いずれの部屋にもテレビとビデオデッキが備え付けられていた。新入会員(新入したつもりはないのだが)は一人ずつその部屋に入ってビデオを見るのである。

 

さて、俺が約束に時間に出向いて行くと、必ず倉が待っていて「さあ、どうぞ」と、空き部屋に案内する。そして、一回六十分あるいは九十分のビデオをデッキにセットして出て行き、それが終わる頃になると、また入って来る。ビデオを取り出してケースにしまい、俺に向かって「どうです。いいお話だったでしょう」と言って、にっこり微笑む。それで一回が終了するのである。

 

いずれにせよ、二時間足らずでことは済むのだから、時間的にはさしたる負担にもならなかったが、問題はビデオの内容であった。

 

アホらしくて話にならないのである。出演者(物)は、一人の中年男講師と一台のポータブルの黒板だけ。そして、その講師がNHKの教育番組さながらに、黒板に何かを書きなぐりながら、しきりに「神」だの「原罪」だの「救世主」だのを連発して、講義を進めていくのだ。その合間には「サタン」とか「霊界」といった単語まで飛び出してくる。「いいお話」どころか、まともな人間ならとても付き合ってはいられない。

 

二回、三回と回を重ねるにつれ、馬鹿らしさを通り越してだんだん腹が立ってきた。そして、その怒りは当然のごとく、そんな愚にもつかないことを得意げにべらべらとまくしたてている画面の中の講師に向けられることとなった。

 

俺はビデオデッキの一時停止ボタンをランダムに押してポーズをかけては、そのつど画面に固定される講師の顔――口半開きの痴呆じみた表情や、黒板からカメラの方を振り返る瞬間のおぞましい流し目――に向かって、ありとあらゆる罵声を投げつけては、一人悦に入っていたが、それもじきにつまらなくなった。

 

俺は無聊を紛らわせるため、何気なく戸棚の引出しを開けてみて、あっと驚いた。

 

なんと、そこには映画のビデオがずらりと並んでいたのである。全部で五十本ぐらいになろうか。『ポセイドン・アドベンチャー』や『タワーリング・インフェルノ』といったパニック巨編、『エクソシスト』『オーメン』などのホラー大作、ぐっと渋いところでは『明日に向かって撃て』や『ディア・ハンター』といった不朽の名作までが揃っているのである。

 

(これはラッキー! まさしく天の恵み)

 

俺はさっそく、あのクソおもしろくもないビデオを抜き去り、『明日に向かって撃て』に取り替えた。それから一時間あまりは、ここへ通うようになって初めて経験する充実感に満ちたひと時であった。

 

適当なところで、俺は例のクソビデオをデッキに戻し、およそ一時間に相当すると思われる分量を早送りしておいた。倉の手前、まじめにビデオを見ていたという形跡を作っておくためである。

 

再生に切り替えて一呼吸おいたところで、背後のドアが開き、倉が入ってきた。俺は一瞬ヒヤリとしたが、倉はまったく気づいていない様子である。

 

(ふう、間一髪セーフだ)

 

数分後、画面の中の講師が、ビデオ講座第三回の終わりを告げた。いつものように倉は、ビデオをデッキから抜いてケースに収め、俺の方を振り返って

 

「どうです。いいお話だったでしょう」

 

と微笑む。俺は答えた。

 

「ええ、すばらしい内容でした」

 

今回に限っては、これが本音であった。倉は喜色を満面に浮かべてうなずいた。

 

それからというもの、俺はアパートへ通うのが楽しみになった。あれだけ多くの映画を無料で鑑賞できるとなると、これは捨てがたい魅力である。最長コースの二十回を選ばなかったのが、今となっては悔やまれて仕方なかった。

 

俺がやる気を出したと勘違いしたのか、おばんや倉はこれまで以上の笑顔で俺を迎えるようになり、俺もせっせとアパートに足を運んだ。表面上は和やかな関係が続いた。

 

しかし、その平穏に亀裂が生じるのは、それほど先のことではなかったのである。

 

《→ 第2章 に続く》





 
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